
16日は久米小百合さんのコンサートのため三島まで。
久米さん、というとご存じない方もいらっしゃるかと思いますが、「異邦人」という曲で一世を風靡した久保田早紀さん、というとどなたも曲位は覚えがあると思います。
早紀さんの“芸能生活”は1979年から84年までのわずか5年間でしたが、私にとっては鮮烈な存在でした。
学生の頃車を買って友達と遊び歩いていた頃、車に乗るときはいつも久保田早紀さんの曲。当時全盛だった貸しレコード店でLPを借りてカセットに落として聴いていた、エキゾチックな香りの漂うその曲たちは、早紀さん自身の謎めいた雰囲気とあいまって、ラジオから流れる安直なアイドル歌手のものとは違った、不思議なな魅力に溢れていました。
その頃は今のように頻繁にライブ通いなどしておらず、入ってくる情報量などもたかが知れていたので、コンサートに行く、などということはまったく頭にはありませんでしたし、今考えるとちょうど野球の試合を追っかけ始めていた頃で、さらに卒業・就職という時期に重なっていたため、とても音楽までは手が回っていなかったのです。それでも間違いなくその曲たちは、私の青春の真っ只中にいたのでした。そうこうするうちに早紀さんは“久保田早紀”としての活動を引退し、その後教会音楽家として賛美歌を歌っている、ということを知りました。CDを買って聴いてみると、歌声は同じでも,曲調は当然灰汁抜きして浄化されたような、まったく異なったものでした。私自身“宗教”というものがあまり好きではなく、特に排他的な宗派は受け入れがたい人間なので、教会などで歌っている、ということがわかっても二の足を踏んでおりましたが、ラビさんやマキさんの歌声を聴くにつれ、早紀さん、久米さんの歌声を直接聴きたい、という思いは抑えがたいものになっておりました。すると久米さんのHPで三島バプテスト教会でチャペルコンサートがあることを知り、信者でもないのに伺わせていただきました。
当日は在来線で三島駅からチャリ、といういつも通りのチープな旅程でしたが、入れ込みすぎて13時半開場のところ教会に到着したのが11時すぎ(^ ^:)教会は新築したのかと思われるほどとても綺麗で、こじんまりとした素敵な建物でした。外でうろうろしていると、牧師さんが“中で待っていていいですよ”と声をかけてくださったので、お言葉に甘えて会場内で待たせていただきました。
久米さんはまだ到着しておらず、中に座っていると最近慣れっこになってしまった地震。ここではそれほど大きくはありませんでしたが、久米さんから“新幹線が新横の手前で停まっている”と連絡が入ったそうで、ワンセグでニュースを見ると“安全確認”でなく“停電”とのこと (◎o◎;)一時はどうなるかと思いましたが、幸いほどなく運転再開し、久米さんも12時過ぎには到着しました。
初めてみる久米さんは思っていたより小柄で、スタッフの方々に気さくに声をかけていました。荷物を置いて休むまもなくリハーサルに。キーボードでパイプオルガンやチェンバロの音でバッハ風の曲を試し弾きしてみたり、実際の曲の順に声も出してみて音の響きを確認したりと、見える範囲では邪魔になるかと思い、附室の隅から音を聴くだけでしたが、実際のコンサートでは聴けない演奏まで聴くことができました。
やがて開場時間になり続々と人が集まり始め、私はずうずうしくも最前列に陣取りましたが、こちらの方々は遠慮深いのか、結局最前列は両端以外はぽっかりと空いたままで、久米さんもちょっと驚かれたようでした。
始めに牧師さんより、“Liaison”というのはフランス語で“繋ぐ”という意味で、今日来た人たちが、また今回の震災の被災者の方々と、さらに神様と心を繋ぐコンサートになることを願う、と挨拶がありました。
まずアカペラで「Nobady Knows」久米さんの神を称える澄んだ歌声が、朗々と隅々まで響き渡っていきます。続いて「豊かなる恵みを」バプテストはプロテスタントの一教派で、特にゴスペルなど音楽を通じて福音を伝えるのが有名だそうで、教派もろくに知らない私にとっては、初めて聞く話ばかりでした。
次に久米さんが教会に集うきっかけとなった、子供の頃通っていた日曜学校で歌っていた“こどもさんびか”から「小さき星は」と「主我を愛す」小さき~は「テヒリーム33」で聴いて馴染んではいたですが、主我~は私は不謹慎にも曲の感じが「シャボン玉」みたいだなんて思っていました。
それから「Amazing Grace」この曲は本田美奈子さんの歌で携帯に入れていましたが、神を称える歌という認識さえ持っておりませんでした。何て不届きなんでしょう。でも日本に仏教が伝わって来た頃だって、かっこいいお坊さんがいい声で経を唱えるのに惚れて信奉するようになった、何て話も結構あったようですから、ありがちな事なんでしょう。それから教会についての行事などの案内がありました。
続いては「この道」「故郷」「いつくしみ深き」日本で初めて西洋音階で作られた曲は小学唱歌だそうで、その唱歌を作った作曲家達が最も影響を受けたのが賛美歌だったそうです。さっき思った「シャボン玉」もそんな所で繋がっているのでしょう。
それから「マザー・テレサ 愛のことば」という絵本の朗読。言葉のひとつひとつが心に染み渡っていきます。
水のブレイクのあと後半は「イエスはそばに 」「少年」「天使のパン」と新しいアルバム「天使のパン くめさゆり・さんびか集」からのオリジナル曲が続きます。
それから久米さんの、なぜ引退して音楽伝道をはじめたかなどの“証”がありました。短大を卒業し、CBS-SONYに“社員”として入社して、やがて「異邦人」が見出されてヒットし、運命の津波に巻き込まれてしまい、自分の人生が思った通りにならなくて、自分の心に空いた大きな穴を埋めるのは、子供の頃通っていた日曜学校の音楽だった。キリスト教の音楽・美術的なものは好きだったけど宗教に縋る生き方はない、と思っていたけど、教会で歌う人たちを見て、歌に込めれた気持ちの違いに気づいて、それは信仰という絶対的な柱によるものだ、と確信した、と久米さん自身の口から語られました。そして最後の曲は「遠き国や」。関東大震災の時に作られた、というその曲は、「はじめの日」の1曲目に入っていましたが、聴いていた当時は全然印象にありませんでした。それが今回の震災を体験し、繰り返し歌われる“揺れ動く地に立ちて”という歌詞はそれは鮮烈なものでした。帰ってきて調べてみましたが、ここでは歌われなかった2番の“水はあふれ火は燃えて 死は手ひろげ待つ間にも”という歌詞は、さらに驚くべきものでした。この曲の初演が横浜のYMCAだった、というのも、何か因縁を感じてしまいます。
アンコールでは“聴きたい曲とかありますか”との問いに間髪いれず「異邦人」の声がかかりました。さすがにこれまでの流れでかなり違和感のあるものになると思われましたが、その辺は久米さんも“大人の対応”で、“それだけだと歌謡ショウになってしまうので”と異邦人はあっさりとワンコーラスのみでしたが、生の歌声を聴いて、思わず涙が出てしまいました。最後は「You Raise Me Up」荒川静香さんが使った曲だそうです。
終了後は牧師さんからご挨拶の後、「天使のパン」の販売・サイン会があり、しっかりサインを入れていただきました。
それからぐずぐずとしていたら、牧師さんから打上げのお茶会にお誘いいただき、久米さんのすぐ隣で震災のこととか「遠き国や」の曲のこととかいろいろとお話を伺って、帰り際に一緒に写真まで撮らせていただいたりと、夢のような一日でした。
